道の駅みのりの郷東金で10月10日に陸別町物産展。「日本一寒い町」を開いたのは、東金生まれの医師・関寛斎でした

2026年10月7日公開

千葉の道の駅に北海道陸別町の特産品が並ぶのは、ひとりの医師が結んだ縁があるからです。

10月10日、陸別町の道の駅の人たちが東金に来ます

道の駅みのりの郷東金で、10月10日(土)に「日本一寒い町 北海道陸別町物産展」が開かれます。

会場は東金マルシェの外テラスで、10時からです。

陸別町の道の駅「オーロラタウン93りくべつ」の人たちが東金まで来て、ジビエ肉や農産物の加工品を販売します。告知では「りくべつ鹿ジンギスカン」が勧められています。

東金マルシェは、物産展の日に限らず、ふだんから陸別町の特産品を置いています。

72歳で北海道へ渡った、東金生まれの医師

両方の町をつないでいるのが、幕末から明治にかけての医師、関寛斎(せき かんさい)です。

寛斎は1830年、上総国山辺郡中村(いまの千葉県東金市)に生まれました。佐倉で医学を学び、のちに徳島で開業しています。

徳島で妻と金婚式を祝ったあと、寛斎は北海道の開拓を志しました。

十勝国の斗満原野に入ったのは1902年(明治35年)で、72歳のときです。

寛斎が入ったとき、陸別という村はまだありませんでした

陸別町公式サイトの町の歴史は、この1902年を「陸別開拓の第一歩として記念すべき年」と書いています。

開拓はうまく進みませんでした。そば・馬鈴薯・大根は霜の害でほとんど収穫できず、徳島で蓄えた資金も使い果たしています。

寛斎は1912年(大正元年)に斗満の地で亡くなりました。陸別村ができたのは、その後の1919年(大正8年)です。

寛斎の名前は、いまも町のあちこちに残っています。

道の駅オーロラタウン93りくべつの建物には関寛斎資料館が入っています。2004年に開いた町の診療所は「陸別町国民健康保険関寛斎診療所」という名前です。

豪雨と台風で被災した千葉を、陸別も応援しています

道の駅みのりの郷東金は、開業以来、陸別町と物産の交流を続けています。

8月の千葉豪雨と9月の台風25号を受けて、全国の道の駅が「ちば応援フェア」を開いています。

道の駅みのりの郷東金は公式サイトで参加した駅を順に紹介していて、その1回目に載ったのがオーロラタウン93りくべつです。

まとめ

道の駅みのりの郷東金が北海道陸別町と物産を交換しているのは、東金生まれの医師・関寛斎が72歳で陸別の開拓に入ったからです。

10月10日の陸別町物産展では、その陸別町の道の駅の人たちが東金に来て、鹿のジンギスカンなどを販売します。

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