ダムらしい壁がどこにもない場所で、ダムカードをもらった

2026年8月2日に訪問

道の駅かぞわたらせの一番の目当ては、徒歩5分で行ける三県境でした。 ところが帰り際、売店でもらった1枚のダムカードで、隣に広がる渡良瀬遊水地の見方が変わりました。

道中の体験談

渡良瀬遊水地沿いを車で走りました。
遠くに大きな水面が見えてきて、川と見間違うほどの広さに驚きます。
その先に見えてきたのが道の駅かぞわたらせです。
見えた建物は道の駅の敷地内にあるFMラジオ局「FMわたらせ」の建物になっていて、遠くからでもすぐに道の駅だと分かる目印でした。

到着してからの体験

到着したのは午後3時ごろ。
駐車場は混雑していて、人気の高さがうかがえました。
パン屋さんはぁとは、残念ながらもう営業終了していました。
まずは三県境に向かいます。

道の駅の敷地の外れにある三県境入口。ここから徒歩5分です。

現地には案内をしているスタッフの方がいて、三県境の成り立ちを教えてもらいました。
今の境界線の位置は、明治から大正にかけての渡良瀬川の改修工事で決まったものです。
もともと三県境は渡良瀬川の中にありました。
人が川の流れを移した結果、境界だけが水田のあいだに取り残されました。
境界がはっきりしたのも意外と最近で、平成28年(2016年)の測量でようやく確定したそうです。
三県境は全国に40か所以上ありますが、そのほとんどが山中や河川上にあり、歩いて行けるのはここだけなのだそうです。

境界を示す石柱。埼玉・群馬・栃木の3県が接しています。石柱を中心に水路が分かれていて、方向により3県が分かれています。

三県境のあとは道の駅をまわりました。ショップやラジオ局が入っている建物の屋上から見える渡良瀬遊水地は、水面の広さと空との一体感に圧倒されるスケール感でした。遊水地の形はハートのような形でハートのモニュメントもあります。ちなみにスタンプラリーのスタンプには「鯉のぼり」と「ハート」が描かれています。

道の駅の展望デッキから。手前は隣接する運動場で、奥に渡良瀬遊水地が広がっています。

展望デッキにある「恋人の聖地」のモニュメントです。ハートの縁には南京錠がびっしりと掛けられています。

三県境ショップ「さいぐんと」では来駅記念カードを購入しました。その時に「ダムカードをください」と伝え、店員さんからダムカードをもらいました。
ダムカードのことを知ったのは、三県境の話をしてくださったスタッフの方の説明でした。スタッフの方は三県境の説明だけではなく、渡良瀬遊水地の説明もしていました。
渡良瀬遊水地は車で走ってきた道からも、展望デッキからも、ダムらしい壁はどこにもないためダムだとは思いませんでしたが、ダムの役割をしているとの事でした。

もらったダムカードと購入した来駅記念カード。3県境に感動して思わず購入。

スタッフの方の説明を元に調べると、カードに書かれた渡良瀬貯水池とは遊水地の中心にある谷中湖のことでした。
型式は「堀込式貯水池、堰」で、堤の高さは8.5メートルしかありません。
谷を塞いで水を持ち上げるのではなく、平地を掘り下げて水をためる、日本初の平地型ダムです。
ダムとして動き始めたのは平成2年(1990年)でした。
ここにたまった水は東京都・茨城県・埼玉県・千葉県・栃木県の水道用水にまわり、5都県合わせて毎秒2.5立方メートルまで取れることになっています。
遠くに見えていたあの水面は、都心の蛇口とつながっているのです。

そもそも渡良瀬遊水地は、水をためるために作られた場所ではありません。
計画が動き出したのは1902年(明治35年)で、足尾銅山の鉱毒被害を抑える対策の一つでした。
完成したのは1922年(大正11年)です。
鉱毒と洪水を引き受けるために掘られた窪地が、100年かけて首都圏の水がめに変わったことになります。
話を聞いて改めて調べてみるととても興味深い内容でした。
ショップの隣にはパン屋「はぁと」、また別の建物に物産展「かぞ市場」、お食事処「さくら食堂」があります。

まとめ

三県境で成り立ちの話がこの日いちばん印象に残りました。
普段何気なく見ている境界線や水路にも、積み重なった歴史がありました。
次はパン屋さんはぁとが開いている時間に来て、焼きたてのパンを買いたいです。

この記事の公開日:2026年9月11日

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